1997年に公開され今も愛され続けているもののけ姫。
その中でタタラ場のリーダーであり、石火矢を使い神さえ恐れないエボシ御前。
エボシ御前がなぜかっこいいのか、セリフやシーンを振り返りながら考察します。
また、多くのもののけや人が死んでいく中で、なぜエボシ御前は死ななかったのか?生き残った理由も考察していきます。
目次
【もののけ姫】エボシ御前はかっこいい?
ジブリ作品で1番の美人はエボシ御前だと思うの… pic.twitter.com/Ms0zMtQLP8
— かぼすてゃ (@Citrus_Enma) July 10, 2021
真っ赤な口紅が似合うエボシ御前。
彼女の性格や過去、どんな女性なのかについてまとめてみました。
エボシ御前とは?
売られた女を買い取り、鉄が汚れるとして女人禁制だったタタラ場で仕事与え、病人たち(ハンセン病患者)にも手厚い保護し、タタラ場の皆に慕われているタタラ場の女性リーダーです。
エボシ御前はタタラ場を、侍からの支配から逃れ、弱者にも平等の社会を作ろうとしていました。
弱者に優しいエボシ御前ですが、自分の理想のためなら犠牲も厭わない非情な面を持ち合わせているのです。
書籍『「もののけ姫」はこうして生まれた。」では、宮崎駿監督はエボシ御前を「革命家」であり「近代人」と表現されています。
エボシ御前は優しさや恩義忘れない心の持ち主です。しかし、神は恐れない、女人禁制や社外から除外されているような者への差別などはない。新しいものは進んで取り入れ理想のために突き進む。
【もののけ姫】のエボシ御前はまさに女性革命家であり、カリスマ性に溢れた先進的な人物だったと言えます。
エボシ御前の過去について
エボシ御前は過去にタタラ場の女性たちと同じように人身売買をされ倭寇(中国から朝鮮海岸活動する海賊)の頭目に買い取られています。
その後妻になり、頭目を殺し、金品や明国の最新式の武器、石火矢を手に入れ日本に戻ったという過去がありました。
辛苦の過去から抜け出した女性だったのです。
エボシ御前が倭寇で壮絶な過去を経験したからこそ、過去の自分と弱者を重ね、救済しようと心に決めたのではないでしょうか?
神殺しさえ恐れないエボシ御前は、身売りされ壮絶な過去があるからこそ、神より人の方が恐ろしいと思うようになったのではないかと推測できます。
エボシ御前はかっこいい?かわいい?
エボシ御前は圧倒的にかっこいい女性と思われているようです。
エボシ姐さん、マジかっけぇ。リーダーとしてあるべき姿ってのが学べる。ただ厳しいだけでなく、女性としての優しさも併せ持って村を引っ張る。素敵な人です✨#ジブリ #もののけ姫 #エボシ御前 pic.twitter.com/Wc5QdBwf7V
— 平和に生きたい3da姐さん (@tomtyun) October 26, 2018
もののけ姫見てる😘
先進的でかっこいい女性エボシ様の着物は扇子柄。
末広がりのこの形は新しい事を始める意思表示、そして発展と繁栄の象徴なんだって🌈🌞🌜#もののけ姫 #金曜ロードショー #ジブリ pic.twitter.com/anjrVxA2BW
— リゼッタ・麻里香・バラノフ (@rizettavalanof) August 5, 2016
エボシ御前がタタラ場の女たちに「男は頼りにできない。しっかりやりな、みんな」というセリフが筆者は個人的に好きですね。
エボシ御前の護衛をしているゴンザはこの時何を思ったのか、想像がふくらみます。
エボシ御前が死ななかったのはなぜ?
多くのもののけや、人々がシシ神狩りで死んでいきました。しかし、エボシ御前は死なず生き残りました。
シシ神狩りの様子
エボシ御前は良質な鉄を求めてシシ神の森を開拓し、タタラ場を繁栄させることも考えていたはずです。
そこへジコ坊はシシ神の首には不老不死の力があると聞き天朝(帝)からシシ神退治の許可を得てエボシ御前にシシ神退治をそそのかしました。
森を開拓し鉄を採るためにエボシ御前は護衛に石火矢衆を師匠連から派遣されており、天朝から直々の命令まで出され、シシ神退治は断れません。
エボシ御前は師匠連に利用されるふりをして、逆にシシ神退治を利用してタタラ場を狙っているもののけも、人も一掃しようと考えていたのではないでしょうか?
そしてエボシ御前は師匠連から派遣されている石火矢衆と、唐傘連、と山に詳しいジバシリを率いてシシ神退治に向かいます。
エボシ御前が死ななかった理由
エボシ御前は首だけになった山犬の神モロに腕を食いちぎられます。
鈴木敏夫プロデューサーはエボシ御前の最後については「最後は絶対に壮烈に死んでもらなけりゃ困る。」宮崎駿監督に言ったそうです。
しかしエボシ御前は死なずに生き残りました。
なぜなら【もののけ姫】のテーマは「生きろ」だからだと思います。
「生きる方が大変だと思っているもんですから。」と宮崎駿監督も語っています。
死んでしまえばそこで終わりです。しかし片腕を失ってもエボシ御前は生かされました。
生き残ったエボシのその後
「みんな、はじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう。」
片腕を失くし、タタラ場も壊滅状態。それでもエボシ御前は前を向き、優しく強く決心したようにタタラ場の皆に言います。
以前のタタラ場でエボシ御前は生きるために山を削り、もののけも侍も、邪魔になるものは全て排除してきました。
これからも生きるためには山を削ることや侍との戦は避けられないかもしれません。
しかし、エボシ御前は自分の理想の国、弱者が虐げられることのない村、平等な社会を作ろうと思ったのではないでしょうか。生かされた自分にできることをしようと決心したのだと思います。
しかし一点気になる点があります。
エボシ御前はアシタカにこう言ったセリフがあります。
「古い神がいなくなれば、もののけたちもただの獣になろう。森に光が入り、山犬どもが静まれば、ここは豊かな国になる。もののけ姫も人に戻ろう」
シシ神狩でシシ神の森はなくなり古い神々もいなくなりました。結局はこの戦いはエボシ御前は大きな痛手を受けましたが、エボシ御前の思う通りになったのではないかと思います。
エボシ御前は強く生き、タタラ場や森も良い方向へ導いてくれたのではないでしょうか。
まとめ
今回は【もののけ姫】エボシ御前のかっこいいと思うところやセリフ、エボシ御前の壮絶な過去についてとエボシ御前が死ななかったのか理由とエボシ御前が生き残ったその後についても考察してきました。
もののけ達から見たエボシ御前は、山を削り樹を倒し棲みかを奪う悪なのかもしれません。
しかし、強くたくましく生きるエボシ御前はタタラ場の皆の生きる道標になっているのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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