借りぐらしのアリエッティ滅びゆく種族を考察!宮崎駿が小人を題材にした理由についても

『借りぐらしのアリエッティ』はメアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作とした映画です。

企画と脚本を宮崎駿さんが、監督を米林宏昌さんが努めています。

宮崎駿さんが「床下の小人たち」を題材にした理由、作品の中での翔のセリフ「君たちは滅びゆく種族なんだよ」の意味についても考えてみたいと思います。

 

借りぐらしのアリエッティ滅びゆく種族を考察!

『借りぐらしのアリエッティ』について、小人が「借りているのではなく、盗んでいるだけではないか」「盗みは良くないと子どもに言っているのに、小人たちの行動を肯定できない」などの意見があります。

宮崎駿さんは、なぜ『床下の小人たち』を題材に取り上げたのでしょうか?

宮崎駿が小人を題材にした理由について

宮崎駿さんが、「床下の小人たち」を題材にした理由は、インタビューに答えている中にヒントがあると思うので、取り上げてみました。

2010年のジブリ夏休み特別企画でのものです。

こちらです↓

この中で、宮崎さんは、小人たちのことを、

「ローンで苦しんでいるように人間にたかって生きている人たちで、生産するよりも使う方が多い人生を選んでいる」

と述べています。

また、監督を務めた米林さんに、

「生産するよりも使うほうが多い人生を選んで生きている小人たちを、自分の気持ちの中に引きつけて、風前の灯になりながら生きているのはまさに自分たちと同じだから、そういうつもりでこの映画を作りなさいと思った」

とおっしゃっています。

自分と立場の違う生き方をしている人や物への好奇心を持って生きることが人生の幅を広げ、自分が生きる意味を見出すことにつながる、という事だと思います。

小人たちが、風前の灯であることについては、作品の中で翔が

「君たちは滅びゆく種族なんだよ」

と言っていたのにつながります。

アリエッティは怒ります。

「運命ですって?あなたが余計なことをしたから、私たちはここを出ていくことになったのよ。何としても生き延びなきゃいけないって、お父さんも言ってた。

だから危険があっても、新しいところに行くの。そうやって私たちの種族が、どこかで工夫して暮らしているのを、あなたたちが知らないだけよ!私たちはそう簡単に滅びたりしないわ!」

そのあと翔は、「ごめん、死ぬのは僕のほうだ」と言っています。

しかし最後に翔が、引っ越しをするアリエッティに会った時には、手術の日にちを聞かれて、

「あさって。がんばるよ。君のおかげで、生きる勇気が湧いてきた」

のように言っています。

数々の危険に遭いながらも必死に生きるアリエッティたちから、人間の翔が生き方を学んだのです。

「床下の小人たち」を題材にしたことについて

メアリー・ノートン作の『床下の小人たち』を題材にすることは、宮崎駿さんが20代の頃に高畑勲監督と話をする中で考えていたことだったそうです。

その頃は、名作以外のオリジナリティーのあるものを題材にしたり、子どもを題材にするのは、お客さんが来ないというのが業界の常識で、企画が通らなかったそうです。

そこに風穴を開けるのに、児童文学を取り上げてはどうかと思ったという事です。しかし、30年以上も経って実現したのですね。

常識を変えるのは大変なことなのだと思います。

小人から学ぶこと

アリエッティの家族は、人間からものを借りて細々と暮らしています。

閉ざされた生活ですが、そこには家族のだんらんや日々の暮らしがあり、決して悲観して生きているわけではありません。

自分の置かれた立場で精いっぱいのことをして生きているだけです。

私たち人間は、ともすれば自分たちの生活している社会からの視点でものを見てしまいますが、人間社会だけでも規律や文明のありようが違うことはよくあるのではないでしょうか。

例えば一夫一婦制の国があればそうではない国もあります。

靴を履いて家に入る国もあれば、脱いで入る国もあります。

時代によっても、昔は当たり前だったことが今では滅多にないことだったり、今では普通のことが以前はなかったり、いろいろです。

戦争に行った兵士は、人を殺さなければ自分が殺されたかもしれないでしょう。

多様性を受け入れないと、自分が正しくて相手が間違い、という理論になりがちです。

小人が人間のものを取るのを肯定するわけではありませんが、自分が小人として生まれたら、人間の価値観で暮らしていくわけではありません。

小人の話はフィクションですが、自分の置かれた立場を受け入れて日々を生きることは、私たちの生き方にも通じるものだと思いました。

 

まとめと感想

今回は、宮崎駿さんが『借りぐらしのアリエッティ』の着想を得て、それを作品にした理由について考えてみました。

翔とアリエッティはお互いに惹かれるものがあっても、別れなければならない運命です。

それは、人間と小人という大きな違いがあるからです。

最後の場面は切ないですが、運命を受け入れて先に進むしかないのは小人も人間も同じだと思いました。

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