借りぐらしのアリエッティの舞台が日本の理由?モデル「盛美園」についても

スタジオジブリの映画『借りぐらしのアリエッティ』の原作は100年前のイギリスが舞台です。

映画では舞台が外国ではなく現代の日本になっていました。

その理由について、また、舞台のモデルとなった場所について調べてみました。

 

借りぐらしのアリエッティの舞台が日本の理由?

『借りぐらしのアリエッティ』の原作は、メアリー・ノートン作の「床下の小人たち」です。

ここでは、舞台はイギリスの田舎の民家の床下となっていました。

舞台を日本にしたことについて、宮崎駿さんはこのように述べています。

「今の日本を舞台にしなきゃお客さん来てくれないですよ」

日本人は好奇心を失っている

宮崎駿さんは今の日本の風潮として、

「人が暮らしてきた歴史とか、物を作るとか、それを使うとか、食べるとか、いろんなことについて、自分たちの先祖のことも、あるいは同時に今、この日本の中でちょっと離れたところではまだやっているような生活についても、本当に好奇心を失っていると思います」

『借りぐらしのアリエッティ』の監督は、米林宏昌さんですが、米林さんについても、他国の文化に好奇心がないようで、日本のほうが作りやすいだろうと思った、と述べています。

「もう一回自分たちが住んでいるこの国のいろんな古い屋敷についてとか、その中身とか、縁の下とか壁の中とか、そういうところを、イギリス行ってやってこい、ってのは無理ですから、日本のほうがやる可能性はあるだろうと思ったからですね」

様々な立場の人を自分に引きつけて考える

宮崎駿はまた、

「自分の暮らしてきた生活を考える」ことが大切で、「生産するよりも使うほうが多い人生を選んで生きている小人たちを、自分の気持ちの中に引きつけて、風前の灯になりながら生きているのはまさに自分たちと同じだから、そういうつもりでこの映画を作りなさいと思った」

とも述べています。

2010年の夏休み特別企画でインタビューに答える宮崎駿監督↓

宮崎駿さんが、この作品の案を考えたのは20代の頃だとおっしゃっていました。

その頃は企画は通らず30年以上経ってやっと日の目を見たそうです。

夏休み特別企画のインタビューは、他にもいくつかあって、宮崎さんが本音で答えているのがとても興味深いです。

舞台のモデル「盛美園」について

『借りぐらしのアリエッティ』で、アリエッティ一家が床下に住んでいるお屋敷は、青森県平川市にある「盛美園」がモデルになっています。

引用:盛美園公式HP

「盛美園」のHPはこちら

津軽地方に数多くみられる大石武学流の造園を代表する庭園で、国の名勝に指定されています。和洋折衷様式の珍しい建物は、ジブリ映画『借りぐらしのアリエッティ』の舞台イメージになったといわれています。30分に一度しか開かない御宝殿は必見です。

引用:http://www.seibien.jp/

 

1階が純日本風、2階が洋風で本当に不思議な建物ですね。

引用:盛美園公式HP

冬の姿も幻想的で素敵ですが、アリエッティたちがいたとしたら、床下も寒そうですね。

でも映画の設定では、屋敷の所在地は東京都小金井市という事ですから、そこまで寒くはないでしょう。

それにしても小人たちが暖房や電気をどうやって調達していたのか気になります。

これについては米林監督がお話ししていました。

それによると、植木鉢を暖炉にして、ガスも上の住人から借りてきているそうです。

また、水道も水道管に切れ込みを入れてぽたぽたと落ちる水をもらって使っているという事でした。

 

話は戻って盛美園ですが、行き方はこのようになっています。

盛美園の行き方

◆JR弘前駅 弘南電鉄
・弘前駅~津軽尾上駅下車(20分)~徒歩10分
・弘前駅~車で約15分
◆JR弘前駅 弘南バス
・弘前駅~ 盛美園前下車(30分)
◆弘前城より 車で約20分
◆青森空港より 車で約40分
◆東北自動車道 黒石I.Cより
◆十和田西線 十和田湖畔休屋より車で約90分

ぜひ一度行ってみたいです。

まとめ

今回は、スタジオジブリの映画『借りぐらしのアリエッティ』について、なぜ舞台が日本なのか、また、モデルとなった盛美園についてのまとめでした。

小人として生きるのは大変だろうと思いますが、アリエッティの家族は、自分たちの暮らしを受け入れて淡々と生きています。

そんなアリエッティたちの暮らしから学ぶことは多いと思いました。

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