【カムカムエヴリバディ】英会話講師のモデルは実在の人物・平川唯一!経歴についても



NHK朝ドラ「カムカムエブリバディ」が2021年11月1日から放送されます。

こちらでは、タイトルの由来ともなったラジオ英語講座「カムカム英語」の講師のモデルは平川唯一(ひらかわただいち)さん。

「カムカムおじさん」の愛称で親しまれた平川さんはどんな方だったのでしょうか。

また、平川唯一さんを演じるのは、歌手で俳優のさだまさしさんです。

平川さん、そしてさだ(佐田)さんについても見ていきますね。

 

 

【カムカムエヴリバディ】英会話講師のモデルは実在の人物・平川唯一!

平川さんは現在の岡山県高梁市の生まれです。

地元出身の“カムカムおじさん”こと平川唯一さんが朝ドラで取り上げられることを祝って、市の津川総合会館には横断幕が掲げられたそうです。


平川唯一の経歴

アメリカに行き苦学生活

1902年、岡山県生まれ。津川村(現高梁市)出身です。農家の次男だったので尋常高等小学校高等科2年を修了すると農作業の手伝いをしていました。

16歳のときアメリカに出稼ぎに行っていた父を追って兄と渡米。

父・定二郎さんは、出稼ぎにアメリカに行き、鉄道の保線作業の仕事をしていました。

アメリカから長い間帰らない父親に、早く帰って来て欲しいと唯一さんが手紙を書くと、おまえたちも一度来てみるかと旅費が送られてきたそうです。

唯一さんとお兄さんはお父さんの一緒に1年ほど鉄道の仕事をしてお父さんは日本に戻りましたが、せっかくの機会だからと兄弟はアメリカに残り、線路工夫や日本人商店の店員を務めました。

17歳のとき高級住宅街の米人家庭にスクールボーイとして住み込み、書生の仕事をしながら学校に通って英語を学びました。

学力に優れていた平川は、ワシントン大学に入学し、演劇科を首席で卒業します。

仕事をしながらの苦学生活について、平川は子供時代に農家で苦労したことから「苦学というより楽学でした」と語っていたそうです。

大学卒業後は教会の副牧師になりました。この時東京出身の滝田よねと出会い結婚しています。

俳優としても活動し、『マダム・バタフライ』『ダイヤモンド島の謎』などのハリウッド映画やパサディナ小劇場 にも出演しました。

帰国し英語会話講座を担当

1937年に、生まれた長男を抱えて帰国し、難関を突破しNHKの英語放送アナウンサーとなります。

終戦時には玉音放送を英訳し、国際部チーフアナウンサーとして国外に向け国際放送で朗読しました。

1946年から5年間、午後6時から15分間の英語会話講座を担当します。れは当時占領政策を実施していたGHQ(連合国軍総司令部)の方針で、日本国内での英語普及を目指したものでした。

童謡「証城寺の狸囃子」の曲に載せた番組のテーマ曲“Come, Come, Everybody”は日本人にとって親しみを感じるものでした。

平川は演劇を学んでいたので、講座の寸劇もテンポよく、楽しく英語を学ぶのにぴったりだったと思われます。

当時の平均的な日本人家庭の日常をふんだんに取り入れてたくさんの人がラジオを聞き、英語を学びました。

ネットから見ることのできる当時のラジオ講座のテキストの目次を見ると

●A BRIDE THAT USED TO BE (老いたる花嫁)

●ARVELLOUS IDEA (すばらしい名案)

●WAITHING IN VAIN (待ちぼうけ)

●A BIRTHDAY PROMISE (お誕生日の約束)

など、中身を見てみたい!と思わせるタイトルが並んでいます。

内容もカタカナのルビがふってあるあたりに歴史を感じますが、中身の会話はとても自然で、今でも十分色褪せずに使えると思いました。

外国人が登場したのは3年が経過したころで、それまでは欧米の文化を紹介するよりも日本の文化や日常生活から英語を学ぶ、という方針だったようです。

平川さんは日本の英語ブームの元祖と言える方ですね。

総計50万通のファンレターが平川さんに届けられたそうです。

そしてファンが自主的に組織したカムカムクラブは1000を超えたということです。すごいですね。

東京では、カムカムクラブが今なお存命だそうです。驚きですね。

 

サザエさんにも出てきたカムカム英語

 
平川さんの講座は、後の英語のエキスパートたちにも聞かれていました。
 

面白いのは、サザエさん第1巻にも取り上げられていることで、ワカメちゃんが回覧板を届けに行く場面で、「カムカムエブリバディ・・・」と歌っています。

長谷川町子作の「サザエさん」は終戦直後の社会状況が色濃く反映されています。

カムカム英語もサザエさんも、当時の日本人の暮らしを知るうえで貴重な資料となっていますね。

平川唯一の家族

平川唯一さんは奥さんのよねさんと4人の子供を育てました。
男子2に、女子2人です。
 
長男の壽美雄さんは、ビクターという愛称で、ロサンゼルスで生まれるとすぐに両親と日本に来ますが、15歳でアメリカに渡り、苦学してニューヨーク大学ロースクールを修了。
三菱銀行シアトル支店長やワシントン州日米協会会長などを務めました。2018年に他界しています。
 
次男は東京在住の洌(きよし)さんです。
 
平川さんのの英語講座を題材とした朝ドラ制作が決まると、NHKから洌さんに連絡が入りました。平川さんの家族は大喜びしたそうです。
 
 
洌さんはアメリカ在住の次女・大野メリーさんに伝えました。メリーさんは連続テレビ小説をアメリカで毎日見ていたそうで、とても驚きうれしかったということです。
 
メリーさんは、シアトル、タコマ地域を拠点に日本舞踊や長唄三味線を指導なさっています。
 
3歳上にお姉さんがいて、小学生の時は二人とも踊りを習っていたそうです。

平川唯一役・さだまさしの俳優経歴

平川唯一さんを演じるのは、さだまさしさんです。

出演が決まったさださんのコメントはこちら ↓

「連続テレビ小説からのお誘い」と聞き、やっと主題歌が歌えるぞ、と期待したら大違い(笑)。驚きの「出演」でした。
芝居は慣れていませんが平川唯一さんの役で、ラジオの声が主だと聞き、ホッとしています。
終戦直後の暗い時代を生きて「日本を明るくするため」に頑張った平川さんのことを思う時、
新型コロナウィルスに苦しんだ日本の未来へ、連続テレビ小説で日本を明るくするお手伝いが出来たら幸せです。
お声がけ頂き光栄です。

さだまさしの経歴

さだ まさしさんは、本名が佐田雅志で、1952年4月10日に長崎市で生まれました。

シンガーソングライターであり小説家や客員教授としても活動しています。

フォークデュオのグループである「グレープ」を吉田正美と共に結成し、「精霊流し」のヒットでその名を知られるようになりました。

後にソロシンガーになってからは「雨やどり」でブレイク、「関白宣言」「親父の一番長い日」「北の国から〜遥かなる大地より〜」など、数々のヒット曲を生み出しました。

現在はテレビ・ラジオ番組のパーソナリティーやMC、小説家としても活躍しています。

俳優としての経歴はほとんどないようですが、軽妙洒脱なトークが人気な方なので、平川唯一さんの役にはぴったりなのではないかと思います。


まとめ

2021年後期に放送される「カムカムエブリバディ」のラジオ英会話講師のモデル、平川唯一さんと、演じるさだまさしさんについて見てきました。

放送後に追記しますね。



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