【おちょやん】早川延四郎のモデルは實川延二郎?経歴や評判についても

 

 

朝ドラ「おちょやん」3週目で、片岡松十郎さんが歌舞伎役者の早川延四郎役で、「夏祭浪花鑑」を演じて話題になりました。

早川延四郎にモデルはいるのでしょうか。

名前の似ている實川延二郎(じつかわえんじろう)がモデルの可能性があるようです。

【おちょやん】早川延四郎のモデルは實川延二郎?

早川延四郎を演じている歌舞伎役者の片岡松十郎さんについてはこちらに書いています ↓

【おちょやん】シズの元恋人早川延四郎役は片岡松十郎!経歴や役どころについても

実は始めはモデルとなる人物が誰か分からなかったのですが、上の記事にコメントいただき、二代目實川延二郎(じつかわえんじろう)のことを知りました。

お話では早川延四郎と芝居茶屋の女将岡田シズとはかつて恋仲だった、という設定ですが、そのような事実が實川延二郎とシズのモデル岡島ヨシの間にあったかは分かりません。

また、お話では早川延四郎と岡田シズが再会を果たし、20年前の清算をしてから間もなく延四郎は亡くなります。重い病気を隠して演技をしていたのでした。

實川延二郎が亡くなったのは75歳ですから、これも史実と違いますね。

實川延二郎(二代目)は、はっきりとモデルと言えるわけではありませんが、調べてみるととても素晴らしい役者さんだったので、ご紹介したいと思います。


實川延二郎の経歴や評判について

初代實川延二郎(延若)は、元芝居茶屋・河内屋庄兵衛の養子で、尾上宗家の養子となって尾上梅幸を襲名します。(後に離縁)

二代目は、初世延若の長男として、大阪難波新地で生まれました。

父延若は、息子に役者を継がせる気が無く、楽屋に出入りする事さえ禁じたそうです。

ところが二代目が9歳の時に父延若が急死します。

そこで二代目は1886年に道頓堀戎座の中村宗十郎一座で、實川延二郎を名乗り、初舞台を踏むのでした。

この時まだ幼い延二郎に、十一世片岡仁左衛門が後立てとなったそうです。


引用:https://meikandb.kabuki.ne.jp/actor/331/

プロフィール

本名 天星庄右衛門
俳名 正鴈
屋号 河内屋
定紋 重ね井筒
生没年月日 1877〜1951年
出身 大阪・難波新地
 
重ね井筒の紋 ↓
 
引用:家紋ドットネット

芸歴

二代目實川延二郎は、父の没後、道頓堀戎座(のち浪花座)で初舞台、以後三代目片岡我當(のち十一代目片岡仁左衛門)の一座で修業しました。

京都、東京で人気になりますが1903年に大阪に戻ります。

浪花座で演じた『封印切』の忠兵衛が大評判となりました。

1910年、松竹の東京進出第一回興行の新富座で『女殺油地獄』の与兵衛を演じ、好評を博します。

10月浪花座『鐘もろとも恨鮫鞘』の八郎兵衛で二代目實川延若を襲名しました。

芸域が広く器用で、ありとあらゆる役柄を演じられ、さらに上方役者でありながら、江戸狂言でも成果をあげたそうです。

新作、新派劇、翻訳劇にも取り組みました。

「夏祭」の団七、「油地獄」の與兵衛、「鮨屋」の権太、「雁のたより」「乳貰い」「鐘もろとも」などが当たり役だそうです。

 

1933年(昭和8年)東京劇場『彦山権現誓助剱』毛谷村六助 ↓


引用:https://meikandb.kabuki.ne.jp/actor/331/

1950年に日本芸術院会員となりますが、60を過ぎて健康に支障が出て、75歳で亡くなりました。

長男が三代目實川延若となりましたが、その後跡を継ぐ者がなく、河内屋の名は絶えています。残念ですね。

 

二代目實川延二郎の当たり役「夏祭浪花鑑」の団七を、劇中劇で片岡松十郎さんが演じています ↓

二代目實川延二郎は十一代目片岡仁左衛門の一座で修業したという事を考えると、「おちょやん」での歌舞伎シーンが十五代目片岡仁左衛門さんの監修で撮影が行われたというのが何か関連があって面白いですね。

また、二代目實川延二郎と舞台を共にすることが多く、花形役者として人気を集めていたライバルともいえるのが初代中村鴈治郎です。

「おちょやん」では、道頓堀界隈のボスで「鶴亀株式会社」の社長・大山鶴蔵を四代目中村鴈治郎さんが演じています。

「おちょやん」にはたくさんの歌舞伎役者さんが出演しているのも魅力ですね。

名前が似ているのは市川猿四郎

歌舞伎役者は似通った名前が多いですが、他にも早川延四郎に似た名前の方がいました。

市川猿四郎さんです。

漢字は違えど「えんしろう」は同じです。現在は屋号が澤瀉屋の二代目市川猿四郎さんで、スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』など、斬新な舞台の立役者です。

先代にさかのぼって調べてみました。

猿四郎さんの父は市川段四郎(四代目)です。

その父が市川段四郎(三代目)で、もう一世代さかのぼると初代 市川 猿翁(いちかわ えんおう)です。

初代 市川猿翁 ↓


引用:Wikipedia

初代・市川猿翁は、1888年生まれで、明治から戦後昭和にかけて活躍した歌舞伎役者です。

今後は歌舞伎役者も豊富な教養が必要というお父様の意向で私立京華中学に進学・卒業しています。

また、欧米に留学して最新の舞台芸術を学びます。

ディアギレフのロシア舞踊に影響を受け、『黒塚』『小鍛冶』『悪太郎』などの新作舞踊の立体的な演出などに活かされました。

これが後のスーパー歌舞伎につながったのではないでしょうか。

この方の系列には先の市川猿四郎さんを始め、お父様の代には藤間紫さん、浜木綿子さん、そして浜さんのお子さんの香川照之さんなどがいらっしゃいます。

江戸の歌舞伎界の方なので、大阪が舞台の「おちょやん」の早川延四郎モデルとしては考えられないですね。


まとめ

朝ドラ「おちょやん」で歌舞伎役者の早川延四郎のモデルの可能性がある二代目實川延二郎について見てきました。

大阪でも東京でも人気の役者さんだったという事が分かりました。

 

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