こちらではエールで裕一(窪田正孝)と同期だった作曲家木枯正人(野田洋次郎)が夜のカフェーで歌う歌、「影を慕いて」の誕生秘話と、木枯正人のモデル古賀政男についての記事になります。
エール33話で木枯に連れられて初めて行ったカフェーで、女給さんに接待されて裕一は動揺しますが、木枯は慣れたもので、カフェーのママに頼まれてギターを弾きながら歌を歌います。
その歌が「影を慕いて」です。
目次
エール「影を慕いて」誕生秘話!
「影を慕いて」
木枯が歌ったのは「影を慕いて」です。
木枯正人のモデルが古賀政男で、古賀政男の代表曲が「影を慕いて」です。
実際に古賀政男が歌っている「影を慕いて」はこちら↓ ↓
この歌は古賀政男の人生が詰まっている名曲と言われています。
昭和初期、モダニズム暗い世相が日本に蔓延していました。古賀は悲恋などが原因で自殺を図ったそうです。そのときに見た夕焼けに触発されて詩が浮かび、それが「影を慕いて」のもとになったそうです。
完成された「影を慕いて」は、1930年に日本ビクターで明大マンドリン倶楽部の伴奏でレコーディングされて、B面として発売されましたがあまり売れませんでした。
日本コロムビアレコードの営業マン伊藤正憲がこのレコードを浅草で発見し日の目を見ることになりました。
当時人気の藤山一郎に歌わせ発売しましたが、ここに至るまでも大変でした。藤山一郎は当時学生で、身分を隠して歌手の仕事をしていたのが学校にばれてレコード吹き込み禁止処分になったのです。
しかし藤山はすでに録音済み、とうそをついて販売にこぎつけたのでした。
その後もこの曲は、美空ひばり、森進一など多くの歌手によって歌われ続けました。
木枯正人(野田洋次郎)のモデル古賀政男について
古賀政男(こが まさお)は1904年に生まれ1978年に亡くなりました。死因は急性心不全で73歳でした。
死後作曲家としては初となる国民栄誉賞を贈られています。
昭和期の代表的作曲家でギタリストです。
少年時代に弦楽器に目覚め、青年期はマンドリン・ギターを極めました。
昭和期を代表する国民的作曲家で、数多くの流行歌をヒットさせています。
その生涯で制作した楽曲は5000曲ともいわれ、「古賀メロディー」として親しまれています。
主な楽曲
●丘を越えて(1931年) 歌:藤山一郎
●酒は涙か溜息か(1931年) 歌:藤山一郎
●私此頃憂鬱よ(1931年) 歌:淡谷のり子
●影を慕いて(1932年、1968年) 歌:藤山一郎(1932年版)、森進一(1968年版)
●二人は若い(1935年) 歌:ディック・ミネ、星玲子
●麗人の歌(1946年) 歌:霧島昇
●湯の町エレジー(1948年) 歌:近江俊郎
●ゲイシャ・ワルツ(芸者ワルツ)(1952年) 歌:神楽坂はん子
●東京五輪音頭(1963年) 歌:三波春夫、他
●悲しい酒(1966年) 歌:美空ひばり
まとめ
今回は裕一の同期の作曲家木枯正人がカフェーで歌った歌について、また木枯正人のモデル古賀政男についてまとめてみました。
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